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デジモノ今昔 携帯電話

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現在、キャリアのガラケーとMVNO(いわゆる格安sim)のスマホの2台持ちの管理人ですが、今までのケータイの
履歴をご紹介します。
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社会人になったのが、ちょうど平成元年(1989)。
それから数年後、ポケベルが女子高生を中心に爆発的に広がりました。以下wiki
【バブル時代まではサラリーマンのビジネスツールでしかなかったポケベルは、若者の出先でも気軽に
連絡を取れるツールやコミュニケーションツールとして活躍するようになり、1996年の最盛期には個人
契約が加入数の大多数を占めた。その背景には個人の自由に使える連絡手段を求める当時の若者
からの需要があり、携帯電話の所有コストは高かったため、コストの低いポケベルへ流れたのが一つの
大きな理由と考えられる。また、メッセージが直ぐに届く即時性、個人間の秘匿性の高いやりとり、多くの
人と繋がる事のできるネットワークの広さ、時間帯を気にせず使える気軽さ、返したい時に返信すれば
良い負担の軽さ、要件をストレートに伝える短い文もポケベル人気を支えた。】
これって、いまでいうLINEなんでしょうね。ただ、1996年までは半角英数しか送信できなかったので、
はたから見たら暗号のような文字を送ってましたね。

そんな中、個人でも携帯を持てる時代が来たので、H8(1996)年に管理人が初めて買った携帯が↑です。
なんでこれかというと、当時はボタンにカバーがないものが多かったので、誤発信を防ごうとカバー付きで
探したら、これくらいしかありませんでした。
いまはauになりましたが、当時はIDOという通信会社です。
当然ですが、メール、ネットは使えるわけはなく、電話機能のみです。
それと「IDO同士なら指定の電話番号を一つまでは電話代半額」という割引があったので、今の嫁にIDOの
携帯買わせて、名古屋-川崎のNTTの固定より安い通話料で済んだので助かりました。

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結婚後は特に携帯いらないね~ ということでいったん解約したのですが、転職で愛知県岡崎市に戻ってから、
嫁も働きだしたので、お互いに携帯復活したのが2004(H16)年、その時に管理人が買ったのが↑です。
さすがに前の携帯の時よりは、電波状況は格段に良くなりました。
市街地なら、わざわざアンテナ伸ばさなくてもOKでしたし。
初代の頃は、アンテナ伸ばしても家の中でさえ、時には通話が切れてましたので。

161299_06_ウォークマンケータイ W42S

今の会社に転職して電車通勤になったのと、上の携帯の電池が劣化したので、これに買い換え。
電車通勤で必須のポータブル音楽プレーヤーと携帯を1台にまとめられたので便利でした。
ソニー製なのでプレーヤーのソフトは合格点です。ただ、厚みが結構あってかさばるのが難点。

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またまた電池が劣化し、2010年に買い替えたのがこれ。
カメラが当時の携帯の中では高性能だったので、サブカメラの役割を期待したのですが、今のスマホの
と比べたらはるかに低いスペックのため、サブの役割は果たせず。
ただ、3年間毎年スペアの電池パックがもらえるサービスに入って、4個の電池を使いまわしているので、
劣化した電池は今のところなし。なので、本体がいかれない限りは当分使えそうです。
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